定勝寺 ・中山道・歴史探訪

定勝寺(重要文化財)、白山神社(重要文化財)、岩出観音、中山道、須原宿・野尻宿、妻籠宿・馬込宿など歴史的見所
いっぱいです

定勝寺(重要文化財・日本遺産認定) Jyoshoji Temple

木曽三大寺の筆頭 と そばきり発祥の地 (お車で約15分)
映画 寅さん、エースをねらえ のロケ地。

戦国時代、木曽氏が初期に本拠とした須原宿の近くにあるお寺。この由緒ある古いお寺は、桃山風の豪壮な建築様式で、
本堂(方丈)、庫裡、山門はいずれも昭和27年に国の重要文化財に指定されている。

定勝寺は木曽氏11代親豊の開基と伝えられ、寺伝によると永享2年(1430)に建立。最初の建物は安政5年(1448)
に木曽川の洪水のため流失。享徳3年(1454)木曽氏14代家賢による再建するも、再び大洪水で流失。当時、豊臣秀吉
の木曽代官として木曽を管理していた犬山城石川備前守光吉により木曽義在の館跡として再建。慶長3年(1598)。これ
が現在の定勝寺の建物にあたると言われている。

明治13年6月27日明治天皇須原行在所となり史蹟に指定されたことをうけて、香材、貴山、玉林、天心各和尚の頂相と
木曽義元公の肖像の五点が昭和45年5月15日長野県宝に指定された。古文書、古書画、工芸品など多数所蔵。

【そばきり発祥と定勝寺】

定勝寺では、天正2年(1574)2月10日に仏殿と奥縁壁の修理、ついで同年4月17日から5月4日まで仏殿の唐戸が
作られている。この仏殿の作事記録によると、作事に調達された資材、動員された大工や鍛冶など諸職人の延べ人数と作料、
酒や食事代、振る舞いの料理に至るまでことこまかに記されており、この記載の中に“そば”に関する記述がでてくる。

「振舞 ソハキリ 金永」
金永(きんえい)という人物が「ソハキリ」すなわち そばきり(そばを麺状にしたもの)を振る舞った

現時点では「そばきり」という言葉が日本で最初に史料上で確認できるのが、この「天正2年定勝寺仏殿作事記録」である。
古代から現代にいたるまでの信州そばに関する史料を紹介している関保男氏は、「この史料は現在のところ信濃ばかりでな
く、そば切りに関するわが国最古の史料である」と述べている。そばきり発祥の諸説はこの他にもあります。
参考文献書:浄戒山定勝禅寺発行ブックレット 定勝寺より

<ミニ知識>

山門を構成する、四脚門・切妻造・檜皮葺

・四脚門(よつあしもん、しきゃくもん)
日本の門の建築様式のひとつ。一間一戸(本柱2本で一つの門)の門で、控柱が本柱の前後に2本ずつ計4本、これを
脚とみたて設けた門のこと。この四脚門の屋根は切妻造である。鎌倉時代以後は将軍家の正門、勅使門、格式のある寺
家の正門に使われた。

・切妻造(きりづまづくり、きりつまつくり)
屋根形状のひとつ。雨水を二方へ流す形状が切妻造。一方へ流すのは、片流れ。四方へ流すのは、寄棟造・宝形造・
入母屋造がある。屋根の最頂部の棟から両側にかけて地上部に向かい二つの傾斜面が本を伏せたような山形をした屋根。

・檜皮葺(ひわだぶき)
日本の屋根の葺手法のひとつ。檜皮葺は、古くは貴族の邸宅、社寺建築に多用された。檜皮葺は、専門の屋根を葺く
「葺師」、品質の良い檜皮を調達する「原皮師」、膨大な留釘を製作する「竹釘師」による三位一体の伝統技術。

・庫裡(くり)
お寺の食事を準備する場所(台所)、または、住職やその家族の住む場所。

・方丈(ほうじょう)
1丈4方の建物という意味。

白山神社(重要文化財・長野県最古の鎌倉建築)

一間社流造り、桧皮葺きなどの古い様式の残る鎌倉建築。百段以上もある緑陰の石段を登り詰めると社殿に出逢えます。
覆屋の中に祀られ、蔵王神社、伊豆神社、熊野神社とともに重要文化財に指定された大桑村の大切な財産です。
祭神:菊理姫命(くくりひめのみこと)

岩出観音(木曽三観音のひとつ)

馬頭観音。定勝寺の飛地境内。英泉の風景版画「木曾街道・伊奈川橋遠影図」に描かれています。清水寺に似た崖屋造
りに特徴があります。お堂の中には多くの絵馬が(61点)が奉納。

池口寺 薬師堂

薬師堂、鰐口が県宝。薬師三尊。薬師如来、脇侍に日光・月光菩薩。台座に獅子、周囲に十二神将が配置。鰐口が県内
で2番目に古いとされる。県下でトップクラスの大きさ。池口寺のある大桑村の殿地区は五輪塔が多いエリア。木曽郡
内に約80基あり、大桑村に41基、そのうち殿地区で15基と集中。大桑村ミステリーのひとつ。

野尻宿  Nojiri-juku
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野尻宿は木曽11宿の中でも、奈良井宿についでその長さを誇ります。外敵の侵入を防ぐための七曲がりという道は今でも
当時の名残を残しています。古社寺が多く、社寺巡りの散策もおすすめです。

須原宿  Suhara-juku
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江戸時代、花漬けとトロロ汁が名物だった須原宿。
清水湧く宿場として知られ、軒先には、丸太をくりぬいた水舟が置かれ、夏ともなると野菜や果物を浮かべる情緒豊かな
光景が今でも見られます。